綿箆雑記帳

日常で思ったことの雑記、メンヘラとオタク考察、書評、創作

オタクはなぜ頭をぽんぽんしてしまうのか

 そう。
 何故なのか。
 何故オタクは他人しかも異性のパーソナルスペースに入ってもいいと思ってしまうのか。

 勿論オタクとて悪気がある訳ではない(下心はある)。こうしたら女の子が喜んでくれる(そして自分の評価が上がる)と思ってぽんぽんしてしまうのだ。

 しかしされた方は堪ったものではない。心を許してない、しかもどちらかと言うと遠ざけたい存在に自分の身体を触られる。しかも親しみを込めて。すぐに拒否反応が身体中を駆け巡り、何たら神経が興奮し、毛という毛が逆立ちしてしまうに違いない。元々地に落ちていたオタクの評価はとうとうマントルにまで突入するのである。こうなっては地上に戻ることすら叶うまい。

 はぁ……
 なんと哀しいすれ違いか。
 同じような悲劇を繰り返さぬ為にも、どうしてこんなことが起こるのか明確にしようではないか(言っておくが僕は頭ぽんしたことない)。


理由①
ネットや何かの記事を鵜呑みしてしまった。

 当たり前である。そりゃあ何処の誰とも知らない人が書いた文章を盲信した結果がそれなのだ。
 いや当たり前なのだが、何処か違和感を感じないだろうか?

 オタクと言えばネットリテラシーに自信ニキではなかったか?
 安易に個人情報をTwitterに載せる奴らを情弱と嘲笑い、迷惑行為をネットにアップしたとなれば直ぐ拡散の後に不特定多数の力を持って、その不埒な輩に正義の鉄槌を下すのがオタクの生業ではなかったのか?
 ネットで真実を見つけた気になっているネトウヨを叩くのがお仕事ではなかったのか?

 インターネットの情報の取捨選択には熟れて尚且つそれ相応の自負があるはずなのに、どうして記事の文章を疑いもしなかったのだろうか。

 結論、自負があった"だけ"なのだ。
 情強だと無駄に自己評価しているから、自分が詳しくもない分野の情報を確かめもせず信用してしまった。ネットの運用には詳しくても現実世界の運用にはてんで疎いことを留意していなかった。まさかこの情報強者の僕がガセの可能性がある記事を信用するようなことなどあるまいと心の何処かで思っていたのかもしれない。
 さらに情報を仕入れることとそれを実際に活用することは違うのだという簡単なことにも理解が及んでいなかったのだ。
 ハセカラキッズが行き過ぎた行為で逆に晒されたりするのもこの類いの話だろう(違う?

理由②
他人との距離感が測れない(物理的にも心理的にも)。

 はい!
 はいはいはい!!!
 これ!
 これに尽きる!!
  今回はこれが言いたい。

  人と人の間にはそれぞれの組み合わせによる距離感、親密度がある。だから基本的にはそれに沿った行動が想定されているし求められる。
  例えば初めての人には挨拶から入ったりあまり馴れ馴れしくは接しない。親友と呼べるような仲なら多少からかうのも許されるなど、人との触れ合いはその個人との関係性が重要だ。
 逆に初対面の人にズケズケとプライベートを探られたり、親友だと思っている人にヨソヨソしい態度を取られたりすると違和感を覚える。
 勿論いつまでも他人のように振る舞うと友好を深められないし、親しき中にも礼儀ありとかいう文言もあるのだが、通常は親密度に寄る態度が取られることが多く、そう振る舞うのが常識だと考えられている。

 しかしこの距離感をオタクは測り違えてしまうのだ。
 他人との距離というのは自分一人で決まるものではない、相手があってそれによって間が生まれる。なので自分がいくら近付こうとしても向こうがそっぽを向いて逃げてしまえばその距離は永遠に縮まらない。
 それなのに、自分の妄想や肩書きのみに沿った関係性に自分と相手を無理矢理押し込め、勝手に親しくなったつもりで頭をぽんぽんしてしまう。相手は突然距離を寄せられてビックリすることになる。

 それどころか頭ぽんは親しい相手にされないと嬉しくない(ていうか親しくても嫌か)ことも分かってなかったりする。これは厳密には距離感が掴めないとは違うかもしれないが、相手との親密さの扱いが下手なのは間違いない。



 というように以上の①と②の理由からオタクは頭をぽんぽんしてしまうのだが、ここからは②の距離感取れない問題を追究していきたい。これは我々オタクにとって憂慮すべき問題であることに疑いはない。
 とりあえず頭ぽんされた女子は彼らは哀れな奴なのだと一瞬思ったうえで、LINEやTwitterで晒して散々に貶そう。

 そもそも、オタク距離感取れない問題は頭ぽん事変のみに限らない話だ。その人間関係の不器用さ故に様々なトラブルを引き起こしてしまう。地下アイドルのストーカーだとか、絵描きさんに無料で仕事を突然依頼だとか、水商売の嬢にガチ恋LINEだとかその辺である。端から見ればその二人より 位置関係が分かるから明らかにおかしい言動でも、本人は相手しか見ずに行動している為自らに疑問を抱かなかったりする。

 某アニメで有名な「ヤマアラシのジレンマ」というお話があるが、世のオタクはまさにこれを地で行くのである。ヤマアラシのジレンマとは、ヤマアラシがお互いの温もりを求めて身体を寄せ合おうとするのだが、近付き過ぎるとトゲだらけの毛皮が刺さり、逆に遠すぎると温め合うことは出来ないという板挟み状態のことを言う。

 まずオタクたちは今までの失敗などにより他人から傷つけられるのを過度に怖がることが多い。なので最初は他人から距離を取る。三次元の女に興味はないだとか、孤高を気取ってぼっち飯だとか、キョロ充はダサいと主張したりするのはちょうどヤマアラシが他人の針によって傷つくのを恐れるようだ。

 しかしそれだと他人から温もりは貰えずヤマアラシは寒い思いをする。オタクもカップルを見たりだとか色々で他人と関わっている人たちを羨ましく思い、寂しさを味わう。そうしてヤマアラシで言う身体を寄せる行為、人間では他人との心の距離を詰める行為をしようとする。

 ここで互いにトゲが刺さらないように相手との距離を測り上手な位置に自分を置けばいいのだが、恐れ多くもオタクたちは親密になるやり方を知らない為に全力で近寄ってしまうのだ。頭ぽん、唐突な告白、その他諸々のキモい行為、勿論それは対異性だけに限らない。結果、オタクたちには他人からの拒絶というトゲが突き刺さり、すごすごとまたトゲが絶対に刺さらない位置へと逃げ帰るのだ。

 そうして他人との接し方を学ばないまま失敗体験だけが積み重なり、世間や異性、友達になれるかもしれない人に背を向けることになっていく。幼い頃や成長期での人間関係友達関係での失敗がその後の人生に大きな歪みをもたらすこともあるのだ。

 オタクは他人と自分の仲を履き違えて行動してしまう。確かにそれ自体は周りからしたら迷惑以外の何ものでもない。ただやはり悪気はない、出来ることなら他人と上手に仲良くやっていきたいのだ。しかし彼らは持たざる者故に失敗する。オタクの行動に相手に対する配慮が欠けていることは多い。それはわざとではなく相手の気持ちが想像出来ない、もしくは相手のことを考慮するということを知らないからなのだ。オタクの問題行動に悪意は存在しない。それでもやはり他人からすれば迷惑は迷惑なのでオタクは疎まれる。

 どうだろう、ここまで読んだ奇特な方はこう思わなかっただろうか?
 「オタクって可哀想な生き物なのね」と。
 そう思われた方は明日から少しオタクに優しくしてもらえないだろうか。オタクは成功体験に飢えているのだ、失敗の連続に自信を失ってしまっているのだ。このままじゃ殻に籠ったままか偶に誰かに近付こうとしてまた大火傷するかしかない。それではあまりに報われない。
 貴方の少しの優しさがオタクたちに他人との触れ合い方を学ぼうかなと思わせるガソリンになる。また、貴方自身も日を過ごしやすくなるかもしれない(それで調子乗ったことしたらシバいていいと思う)。
 どうか哀れなオタクに魂の救済を……

 あー、明日から女の子全員俺に優しくならねかなー

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