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Watabera Miscellaneous Notes

人生やめてません

幽体離脱するまとめキッズ

 

貴方は最近まとめブログを読んでいるだろうか。

 

まとめブログは、2chやおーぷん2chのスレッドから面白いレスポンスだけを取り出し、文字色やサイズを編集して面白さを強調した一つの記事にしたものだ(NAVERなどのキュレーションサイトも、まとめサイトに入るらしいが割愛)。

掲示板の内容のコピペをするだけで、閲覧者が集まる。広告をつけると収入が入ってくる。今日、まとめブログは幾らでも存在している。

アニメや漫画、ソーシャルゲームの範囲の狭いタイプのまとめブログでさえ、一分野に何種類も存在する。

確かにまとめブログは面白い。没頭して途轍もない時間が経っていた経験は、多くの人にあるだろう。

しかし、気を付けなくてはならない。あまりにも浸り過ぎると、理性と肉体が幽体離脱してしまうのだ。

 

 誰だって自分が嫌になることはある。テストと分かっていて勉強しなかった。調子に乗って余計なことを言ってしまった。酔っぱらってとんでもない失敗をした。

 どうしてあんなことをしたのか……。理性で制御出来ない自分を恨めしく思う。自己嫌悪ともどかしさが一度に襲ってくる。

 その時の感情が二倍になって、しかもいつも自分にまとわりつく。それが、幽体離脱だ。

 

仰々しく言ったが、幽体離脱はある特性が備わってなければ起こらない。ちょっとネットの記事を読んだだけで、自己嫌悪に陥ってしまうなら大騒ぎだ。

問題は、まとめブログにのめり込むような人間にこそ、特性が備わりやすいことである。

 まとめブログを毎日のようにチェックする人間、と言われてどんな人物像が思い浮かぶだろうか。

少なくとも、あまり陽気な人物ではなさそうだ。パソコンやスマホに、まとめブログのリンクを入れ、更新の有無を度々確認する。ブログから更に他のブログに飛び、様々な記事を漁り続ける。こう書くと、どこか病的な雰囲気さえある。

 彼はあまり社会経験が多くなく、他人とかかわるよりも一人でのネット接続を優先するタイプの人間。幽体離脱はこういう人に起きる。貴方はどうだろうか。

 

 ではどのようにして、まとめブログは幽体離脱を引き起こすのか。

 大まかな順序はこうだ。まとめブログに汚染されて、ネット民の思考方法が日常になる。匿名ゆえの攻撃や価値判断が、愛読者の彼を他人の欠点に攻撃的にさせる。最終的には、矛先が自分に向くようになり、理性と身体の乖離が起こってしまう。

 2chなどの匿名掲示板では、コテハンでもない限り、個人に所属する情報はレスにしかない。匿名性ゆえに、誰もが立場や負い目を気にせずに発言出来る。レスには、情報の信憑性以外にも、一切の責任がない。ネットの壁を介せば、何でも言えてしまう。現実では人間関係を壊さないように抑えていることであっても。

例えば、遅刻常習犯の先輩に、不意のミスでこっぴどく叱られたとしよう。当然、貴方は「いつも遅刻してる癖に!」と思うだろう。でも先輩に対して文句は言えない。けれど、匿名のTwitterでなら、先輩の遅刻癖を詰ることが出来る。

 

 画像は「正直バックレバックレできるやつが羨ましい」という記事にまとめられていたレスだ。基本的には正論だろう。だが、現実の〉〉90が同じことを発言するかは、全く分からない。バックレも何も関係ないニートかもしれない。更に言えば、現実ではバックレの常習犯かもしれない。このレスからでは、当然何も分からない。

 しかし、一見しただけでは、普通の若者や会社員が常識的な発言をしている様に見える。

 「正体の分からない人物がネットの匿名性の陰に隠れたうえで行った発言や価値判断」を「一般の人物が常識に照らし合わせて行った」と無意識に捉えてしまうことに恐ろしさがある。

 勘違いを続けていると、ネットでのみ許される正論や強気が、日常の思考回路まで浸食する。ネット世界が日常の一部なら、現実とネットを切り離せないのも訳はない。

 

通常、面と向かっての会話では、自分の体が会話の場にある。よって、どんな言葉にも、私が発言しましたという責任がついてまわる。お前がそれを言うのか、と相手が思うような発言、自分の不肖な部分を省みない意見は出せない。誰だって揚げ足を取られるのは嫌なのだ。

また、直接の対話でなくとも、ネットでも個人が特定されるなら同様に、自分を棚に上げた発言は出来ない。

 

しかし、匿名性の高いネットの掲示板では、話は別だ。現実の姿は、相手には見えない。弱点のない人として誰かを攻撃出来る。酷いニキビ面の青年がハゲを叩いても、でもお前ニキビじゃん、とは中々言われない(ハゲは除く、ネット社会でハゲは致命的な弱点である)。

 

まとめサイトを見ている彼に話を戻そう。

匿名性のバリアに守られたうえで、2chの住人は意見を交わしている。しかし、彼はそれに気づいていない。スマホやパソコンに表示されている言葉を、日常会話のような一定の責任をともなったものだと、思い込んでしまう。何処の誰ともしれない奴の非難や罵倒であることを忘れるのだ。

勿論、実際に2chでレスをしている人間にも同じ傾向はあるはずだ。しかし、実際に掲示板でやり取りをしているならば、相手の姿が見えないことは常識だ。弱点を突くには、レスを叩くか、相手の実態を想像して馬鹿にするしかない。

ラミネート加工されたまとめブログを見るだけでは、その前提は伝わってこない。

 

来る日も来る日も暇つぶしにまとめサイトを見ていると、どうなるか。

当然、思考がネットの色眼鏡に影響される。自分のことは棚に上げて、物事を「客観視」するようになる。

こうして、妙に他人に厳しい陰キャラが誕生する。

自分が他人に対して正論を述べている、と彼は認識している。しかし、本当に正論を言うべき場面であるのか、もしくは自分に言う資格があるのかまでは、考えが及ばない。

 

彼が批判的な思考に釣り合うほど実力のある人間なら、さほど問題はないかもしれない。

しかし、彼自身に抱えている問題がある場合、当然周りは彼をよく思わないだろう。直接か間接か、周りからの自分への厳しい意見に彼はぶつかる。何故怒られなければならないのか。彼は自分自身に向き合う必要に駆られるだろう。

そこで、彼はいつものように自分自身を客観視する。どうだろうか、自分には批難されるような欠点が大量にあるではないか。軽蔑してきた対象と自分は大して変わらなかったのだ。「常識」に照らし合わせると、なんと自分は未熟な存在だろうか。

彼は自分自身を批判の対象をも批判の対象にし始めた。

 

彼は自分の欠点を「客観視」して、他人にバレないよう注意して生きていく。しかし、現実は簡単ではない。社会経験が足りなければ、考え方を改めても常識はつかない。また、常識では分かっていても、気づかぬうちに彼の身体は勝手な立ち振る舞いをするかもしれない。自らの欠点を再発見するたびに、彼は自分自身の肉体におおいに失望し批判的になる。

やがて彼は、常識的な判断に努める理性と、コントロールの効かない肉体の二つに分裂してしまう。

幽体離脱した理性は自分勝手な肉体を受け入れられず苦しみ、肉体は理性からの的確な批判に苦しむことになる。

制御出来ない肉体も自分の一部分である。それを受け入れたうえで、自分の問題として欠点に取り組めば成長もあるだろう。

しかし、いい子でない肉体を他人のように引き離しては当然言うことを聞いてくれるはずもない。

乖離した理性と肉体は互いに傷つけあう。彼の自己効力感はますます低下し、心的な疲労は溜まり続ける。社会経験をネットだけで済まそうとした若者の病理である。

 

ネット住民の一見正しい言葉も、現実の経験がなければ、社会ではおもちゃと同じだ。画面ごしの誰かの非常識を嘲笑う暇があるなら、その正論を現実でも言える自信を身につけた方がよい。

とはいえ、2chのまとめは暇つぶしとしては有能だ。時間を忘れて読んでしまう記事が、ネットにはたくさんある。役立つ記事もある。一概に全部を否定は出来ないのは当然だ。

 

しかし、まとめられた会話が無責任な代物だと忘れてはいけない。注意しなければ、貴方の脳内に間違った「常識」が移植されてしまう。やがてその「常識」は、貴方自身を社会不適合者として攻撃し始めるだろう。

 


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