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ワタベラ雑記帳

メンヘラ雑記。生きづらさ考察、創作、本、映画、音楽。

Watabera Miscellaneous Notes

さよなら、鈍い感受性

何かを決めるのが怖いこと、そして、本当は自分が一番愛しいこと

 

 自分の判断や決定が怖い。

 

 何か決めようとするたびに、それで後悔しないのか不安になる。不安になるから、余計に判断を先送りにして、さらに不安が継続する。先送りにしたせいで余計状況は悪くなって、絡まって動けなくなって、身動きが取れなくなる。悪くなった状況での判断は余計に恐怖を伴う。

 

 かといって、さっさと判断すればよいわけでもない。酔いの勢いなどで決めてしまうと、本当にそれでよかったのか、とまた不安になる。

 

 判断の結果訪れるイベントが、まだ先にあったりすると、本当にそれでよかったのかずっと不安になる。心窩部がドロドロと詰まったようになって、不安がフツフツと湧き上がってくる。

 

 判断や決定というとのは、大抵それを人に伝えて完成する。だから、判断や決定を撤回するとなると人に迷惑をかけることになる。だから、さらに身動きは取りづらくなるが、本当にそれでよかったのか不安になる。

 

 判断や決定を伝えたのが、自分よりもかなり大きな存在(学校や病院)であれば、不安になっても、もう引き返せないので踏ん切りがつく。

 

 そうではないとき、つまりは判断や決定を伝えたのが自分とそう立場の変わらない人や集団であった場合、彼らの迷惑というリスクを犯してでも決定を撤回したくなる。その撤回を行うかで悩む。結局、彼らを不快にしてまで、自分の決定を撤回することがある。

 

 決定は責任をもって行うべきで、一度決定した(と他人に伝えた)ことはそうそう撤回すべきではない。撤回するのなら正直な事情説明と、誠意ある謝罪が必要だろう。僕には、それができているかどうかですら怪しい。

 

 そういう前提があるから、余計に最初の判断が怖くなる。そして、思い切って決定してみたりして、また後悔して、余計に怖くなる。ループアンドループ。自分の判断に対する不信感と、不安だけが大きくなる。

 

 他人に迷惑をかけてはいけない。

 

 他人に迷惑をかけてはいけないと思うなら、判断の撤回などしなければよい。それでも、判断の撤回をしてしまうのは、心の底では他人より自分を優先しているからだろう。他人に迷惑かけませんよみたいな面をしようとしても、僕はその実とても自分本位な人間である。本当は人間は誰しもそうなのかもしれない。それでも他人に迷惑をかけてはいけないのだ。

 

 だけど、自分の判断の結果、失敗や不安や物理的なダメージを受けて後悔するのは、もっと怖いのだ。他人だから撤回してしまう。僕はあまりできた人間ではない。

 

 人に迷惑をかけたという事実は変化しない。それでも、決定を撤回するならば、自分の我が儘で振り回して申し訳ない、という謝罪は行わないと筋が通らないだろう。それでも、やはり、人を不快にしてまで判断を撤回するのは、よくないことである。

 

 こうならないために、なにができるだろうか。

 

 それは、最初の決定の時点で、不安がる前に、よく考えて状況を分析して、十分な土台ができてから判断や決定をすることだ。しっかりとした根拠のある判断にはおそらくそこまで不安は付きまとわないだろう。

 

 やはり僕にはよく考える行為が足りていないのかもしれない。次からはそうしようと思う。

 

 

watabera.hatenablog.com

 


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