slowly

Watabera Miscellaneous Notes

人生やめてません

創作 「はいる」

 
 「入ろうとしたな!!!!お前、俺のなかにはいろうとしたな!!!!」 

 四ッ谷くんが突然叫びました。木箱を持ったまま、それをじっと睨みながら、叫びました。 
 
「入ろうとしたな!!お前、入ろうとしたな!!!俺のなかに、入ろうとしたな!!」
 
 四ッ谷くんは、身動きもせずに、叫んでいます。
 埃だらけの部屋には、すりガラスの小窓がひとつだけあって、そこから、ボヤけた灰色の光が入ってきます。
 私は、彼の姿に驚いてしまって、ただ見つめていました。
  
「入ろうとしたな、俺の、入ろうと、お前入ろうと、したな!!」
 
 しばらくの間、視界が全て古い写真のように、私には思えました。
 薄暗い和室、埃を被った箪笥、シミだらけの襖、固まったままの四ッ谷君、木箱、あと、私。
 それらをひとつずつ確認してから、ようやく、今の状態になった経緯を、紐解いていけるようになりました。
 
「おお、俺の、俺のなかに、入ろうと、俺のなか、お前!!お前!!!!」
 
 
 最初から、私は嫌だと言ったのです。昼だからとか大丈夫とかではなく、そんなところには行きたくない、と強く言ったのです。
 しかし、四ッ谷くんは調子のよいことばかり言って、私は結局されるがままに、この家へと連れてこられました。
 
 
「お、お前、お、お、お前、、おおお前!!おおお前!!!!」
 
 
 玄関の扉は古びいていましたが、鍵は閉まっていました。四ッ谷くんが押しても引いても、開きません。
 これで、恐ろしいところに入らなくても済むのだ、と私は安心しました。
 しかし、四ッ谷君は諦めませんでした。
 生い茂る雑草を掻き分けて、四ッ谷くんは裏口を見つけました。裏口の扉は鍵が壊れていて、引っ張るだけで開いてしまいました。開くとき、とても嫌な音がしました。
 裏口の向こうには、先の見えない廊下が奥まで続いていて、そこには、なかへと向かう足跡がいくつかありました。すでに誰かが下足でこの家に侵入したのでしょう。
 
 私の身体は、この空間に入ることを拒絶しました。しかし、四ッ谷くんが私を引っ張ったので、私はとうとう、なかに入ってしまいました。
 
 
「おお!!、お、お前、お俺俺、おま、俺俺、おま俺俺俺、俺俺俺お、おま、俺俺俺俺俺俺、お、俺俺」
 
 
 家のなかは暗く、近くのものしか見えませんでした。私は、懐中電灯をもった四ッ谷君から離れないようにしていました。彼は、少し嬉しそうでした。
 私たちは一階のすべての部屋を開け、見てまわりました、しかし、廃墟だからか、家具の類はほとんど残っていませんでした。四ッ谷くんを満足させるものはありませんでした。私は、もう十分怖い思いはしたから帰ろう、とお願いしました。彼は、渋々頷きました。
 しかし、裏口まで来て彼は立ち止まりました。二階建てなのに階段がなかった、と呟きました。私は言わないでおいたのに、気づいてしまいました。
 私は、また家のなかに連れ戻されました。そして、四ッ谷くんは見つけました。玄関横の細い扉と、その裏にある階段を。
 
 
「俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺」
 
 
 二階は、細い廊下が裏口の方向へ走っていて、廊下に沿って扉が左右にいくつか並んでいました。
 四ッ谷くんは、扉を開けては懐中電灯を振りかざし、なかを明かしていきました。しかし、二階の部屋も家具はほとんどなく、ただボロボロの畳が敷いてあるだけでした。一番奥の部屋、以外は。
 その部屋には、ひとつだけ、とても古びた箪笥が置いてありました。この家が捨てさられた年代よりも、さらに古い年代のものに見えました。
 私は、嫌な予感がしました。一方で、四ッ谷くんは大よろこびで、私を置いて箪笥に飛びつき、一段一段、開けては閉め、開けては閉めを繰り返しました。
 しかし、結局、箪笥のどの引き出しも、空でした。四ッ谷君は、大きな手ぶりで残念がりました。逆に、私は安心しました。四ッ谷くんも、私から見れば少しだけ安心していたように思います。
 とにかく、私はもうこの部屋にいるのが嫌でした。なので、帰るよ、と一言告げて、部屋を出ようとしました。
 とうとう諦めたのか、四ッ谷くんも私のあとをついて来ようしました。ついて来ようとして、あ、と呟きました。
 私が振り向くと、四ッ谷くんは足下を見つめていました。四ッ谷くんの足下にあったのは小さな黒い木箱でした。
 部屋が暗くてよく見えなかったのですが、それは、なんの装飾もなく、蓋らしきものもない、ただの直方体の黒い木の箱でした。
 さっきこの部屋に入ってきたときに、こんなものがあったでしょうか。私は思いました。四ッ谷くんも、同じことを考えているようでした。
 そして、四ッ谷くんが、手を伸ばして、木箱を掴み、顔の近くで見ようと持ち上げて、そして…………
 
 
「……………………………………………………」
 
 
 気がつくと、四ッ谷くんはもう叫んでいませんでした。ただ、手のひらを見つめたままの姿勢は、変わっていませんでした。
 少しだけ落ち着いたらしい私は、彼の名前を呼びました。
 
「…………四ッ谷くん?」
 
「……あ、うん、ごめんね」
 
 間をあけて、少し申し訳なさそうな返事がありました。
 四ッ谷くんの声でした。
 でも、私は、なにかおかしい、と思いました。やさしい声色だったのです。
 四ッ谷くんの声には、いつも少し、暴力を感じさせるものが含まれていました。けれど、今彼から聞こえる声には、それがありません。
 
「帰ろうよ」私が言いました。
 
「うん」
 
 私の声に頷いた四ッ谷くんは、ゆっくりと木箱を置きました。その仕草があまりに丁寧なので、やはり私は違和感を覚えました。
 それから彼は、懐中電灯で廊下を照らすからと、私より先に部屋を出ました。この人はいったい誰なんだろう。私が思いました。
 四ッ谷くんが廊下に消えて、見えなくなりました。
 私が、それを追って部屋を出ようとしています。
 私が扉を閉めたので、もう、私が見えなくなりました。
 今はただ、薄暗い部屋の景色だけが、見えています。
 


↓↓よければクリックお願いします↓↓
にほんブログ村
人気ブログランキング</