slowly

Watabera Miscellaneous Notes

人生やめてません

【二次創作】歌詞SS「羽虫と自販機」【KANA-BOON】

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「世界中に私たち二人だけだったらさ、いいと思わない?」


「え?」

 君の発言は、あまりにも突拍子もなかった。だから、僕は思わず聞き返した。

「だから……世界に私たちだけしかいなかったらいいのに、って」

「……」

 僕は黙っていた。タバコの燃え殻がベランダに落ちた。

「なんとか言ってよ。恥ずかしいじゃん」

「無理だよ」

「え?」
 
 今度は、君が聞き返した。

「世界に二人しかいなかったら生活していけないって。死んじゃうよ」

 僕は笑った。"笑う"ように笑った。

 

 タバコの火を手すりで消して、僕は室内に戻った。

「……」

 タバコを吸ってる訳でもないのに、君はなかなか部屋に戻ってこなかった。

 こんな風に、付き合ってる間、僕はいつだって素直になれなかった。

 




 ある日、僕はTSUTAYAで借りてきた映画を観ていた。

 画面のなかで、サミュエル・L・ジャクソンカート・ラッセルが馬車に乗り合わせていた。

 君が僕の顔を覗き込んできた。

「ねぇ、今度の週末って、バイトもライブも入ってない?」

「…………」

 カート・ラッセルが連れの女の顔を殴った。

「このまえ言ってたドーナツ屋さん、行きたいんだけど」

 

 サミュエル・L・ジャクソンがニヤついた。

「…………」

「ちょっと、ねぇ、聞いてるの?」

 君が僕の肩を掴んで揺らした。あぁ、画面が見づらいじゃないか。

「うるさい」

「え……」


「うるさいって言ってんだろ!!こっちは映画観てんだよ!!話しかけてくんな!!そんくらい分かれよ!!」

 君の瞳孔が一瞬縮んだ。そして、また一瞬で大きく広がった。

「……なによ、そんなに言わなくていいでしょ!!別にリモコンで一時停止だってできるのに!!どれだけ、私のこと無視するの!?」

「俺の金で俺が借りた映画を観てんだよ!!なんで邪魔されなきゃいけないんだ!!」

「なにそれ、信じられない!!有くんがそんな思いやりのない人だなんて、思わなかった!!もう知らない!!」

 君はテーブルのうえのリモコンを掴むと、僕めがけて投げつけてきた。超近距離で放たれたソレは、僕の右後頭部に激突した。普通に、すごく痛かった。

 そして、君はスラッシャーのリュックを掴んで部屋から出て行った。君があまりにも床を鳴らすから、あとで苦情くるかもしれない。なんて、僕はぼんやりと考えていた。

 いつまにか映画のシーンは変わっていて、カート・ラッセルが馬車から雪原に投げ出されていた。

 



 6畳の部屋で、君と僕は別れ話をしていた。

 君と別れるなんて想像もつかなかった。しかし同時に、いつかこの日が来るような気もしていた。

 あの頃、君はよく取り乱してたけど、この日はやけに冷静だった。だから、僕と淡々と君と会話した。

 あっという間に別れ話はまとまった。君は、ほっとしていたように見えた。僕は、あまりの呆気なさにショックを覚えた。というよりも、ショックを受けている自分を発見した。

 君が呟いた。

「喧嘩ばっかりだったね」

 喧嘩。その頃の僕は、もう、なにが喧嘩でなにが会話なのかも、分かっていなかった。日常のすべてが喧嘩だったような気もするし、逆にしばらく喧嘩らしい喧嘩をしていないような気もした。

「そうかな。最後に喧嘩したのっていつだった?」

「…………今」

 あぁ、そこまで僕らはすれ違っていたんだ。

 彼女は桃色のキャリーバッグに、この部屋で彼女を象徴するもの全てを入れて、永遠に出ていった。

 テーブルに置かれた合鍵を見つめていて気づいた。

 

 僕らは世界中に二人だけではなかったのだ。

 



 また君のことを考えていた。いつまで引きずるのか、自分でも嫌になる。

 君との思い出脳内テープをループさせて、正しい選択肢探しに耽ってしまう。今更なんの意味もないのに。あの時は正しい選択肢なんて考えもしなかったのに。

 いつの間にか、僕の世界を構成する骨組みが君の存在で出来ていた。僕の生活のすべてに、君は薄くも濃くも存在していた。別れて年月が経った今でもそれは変わらなかったし、変えられなかった。

 君のことは、もう忘れてしまいたい。過去のかけらにしがみついても意味がない、と分かっている。

 だけど、もし君のことを忘れたら、もう歌を歌えなくなる気がする

 

 君を忘れた僕の口から出たそれは、まるで歌のように聴こえる。けれど、本質的には全く歌ではなくて、僕という存在がまったく介入しない波でしかない。

 君を忘れたら、もう歌を歌えなくなる気がする。そんな気がする。

 だから、今日も君を歌おうと思う。

 

 君の実在が生活になくたって構わない。僕は今日も明日も、いつまでも、君を歌うのだ。

 

 微笑まない自販機の光に群がる羽虫のように、夜の帳が降りた生活のなかで僕は歌うのだ。

 

 

 

 

 

 今更言うのアレだけど、世界中に二人だけならばって、僕も思ってたんだよ。 
 
 
 

 

羽虫と自販機

羽虫と自販機

 

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