【毒親】ゲーム禁止が引きこもりゲーマーを生み出すメカニズム【束縛】
親の過度な制限は、必ずこどもの将来に悪影響を及ぼす
僕は親ではないし、この先親になる予定も特にない。しかし、これだけは日本の育児界に提言しておきたい。
親の過度な制限は、必ずこどもの将来に悪影響を及ぼす。どういうことか。
たとえば、親がこどもに「有害なもの」に徹底的な制限を強いたとする。ゲーム完全禁止、アニメはドラえもんとサザエさんのみ、漫画完全禁止、ジャンクフード禁止、友達付き合いの制限、異性関係の制限などなど。
これらのように、周囲のこどもたちにはある程度許可されているものを、自分のこどもだけに"我が子のよい発育"のためとして制限したとする。
そうすると、こどもは周囲との差を感じ、親の不条理な制限に反発する。いくらその正当性を説明されても、親からの不条理に対しての反発は収まらない。なぜなら、まわりのこどもたちは制限されていないからだ。他の子がよくて、自分だけダメなのはどう考えてもおかしい。ここでしばしば、伝家の宝刀「よそはよそ、うちはうち」が発動されるが、こどもはまったく納得できない。抑圧されたまま少年〜青年期を過ごす。
もちろん、犯罪やそれに近いものに我が子が関わろうとしていたら制限するのは、親として当然である。しかし、犯罪に繋がらなければ、こどもが暮らしている環境の中で標準的な許可から少し厳しいぐらいの許可は与えてもよいのではないだろうか。理由はまたあとで書く。
そうした青年が、大学や就職で実家を離れ、親の制限から解放される。となると、どうなるか。
親の束縛がなくなった結果、「有害」だけど魅力的なものにのめり込んでしまう。今まで親から受けていた制限は、彼にとっては正当性のない理不尽なものでしかなかった。なぜなら、先に書いたように、彼の周りの友人たちはその制限を受けていなかったからだ。だから、その不当な束縛の分を取り戻そうとのめり込んでしまう。
もし「有害」なコンテンツにのめり込んでも、彼に自制心があればよい。しかし、成人の財力をもって、親の監視もなしにコンテンツにハマったら、生活に影響がでるくらい深入りしてしまうかもしれない。
他のこどもたちは、親の監視下でかつ、こどもの財力の範囲で、それらのコンテンツを楽しんでいた。だから、彼らの多くは、「有害」コンテンツとのいい距離の取り方をこども時代に学んでいる。
多くの厳しい教育ママの下す「有害」の判断は、魅力的だがそれゆえにのめり込みすぎて害をでかねないコンテンツにくだされる。つまり、そういうコンテンツは、メリットとデメリットのバランスを考えながら使用すれば、QOLを上昇させるのに、大いに役に立つのである。
しかし、こどもの頃にそれらに触れることなく過ごしてきた彼には、メリットとデメリットのバランスが取れない。どこまでならやってよくて、どこまではやっちゃいけないのかわからない。程度が感覚として備わっていないのだ。結果、後先省みずにコンテンツにのめり込んでしまう。
こどもの頃は親が制限していたものに、一人暮らしになってからどハマりしてしまい、生活に悪影響がでるくらい深入りしてしまう。これはそう少ない事態ではないだろう。
ネットでも、『こどもの頃は一切ゲームさせてもらえなかったけど、今は毎日ゲームしている。ちな30台無職』、『こどもの頃は親が厳しくてお菓子を殆ど食べられなかったけど、大学に入ってからお菓子にドハマりしてしまい、とてつもなくデブった』などの典型例をよく見かける。
僕の周りでもいくつかこのケースがあった。
たとえば、僕の友人の1人は家が厳しく、裕福な割にお小遣いの額が周りより少なかった。周りの友人をまねて彼に変なものを買わさないためだった。中学時代に友達同士でご飯を食べるときも、彼だけはレシートを取り、それを親に渡して必要な分だけお金をもらっていた。先にお金を渡してもらえないので、余計なものを買う自由が彼にはなかった。そのため、彼は昼飯を我慢し、僕の昼飯のレシートを代わりに親に提出することで、お小遣いを稼ぐようになった。そんな彼は今、大学入学で晴れて一人暮らし、バイト代も仕送りも自由に使えるとなって、パチスロに大ハマりしている。
また、中学時代の別の友人は、ジャンプを買うたびに母親がToLOVEるのページだけを切り離していた。彼は中学以来会っていないので、彼がToLOVEオタクになっているかは定かではないが、中学生にもなって少年誌のエロいマンガを親が毎週毎週切り取るなんてどう考えても正気の沙汰じゃない。
例を出したところで、親の過度な制御がこどもの将来に悪影響を及ぼすことを、きちんと証明したい。
こどもはいずれ親元を離れて、「有害」なコンテンツがそこら中に溢れている世界で生活しなければならない。
先に書いたように、「有害」なコンテンツは、距離の取り方を間違えなければ、あまり害なく利用できる。大事なのはメリットとデメリットのバランスが取れるかどうかなのである。
それなのに、「有害」なコンテンツから親の手によって切り離されてしまうと、距離間を学ぶ機会がなくなってしまう。距離感が分からないと、デメリットも顧みずに自分の生活を破壊するほどコンテンツにハマるかもしれない。つまり、「有害」をこどもから遠ざけることで、親は自らこどもが社会で生きる術を奪っているのである。
こういうわけで、親の過度な制御はこどもの将来に悪影響を及ぼすのだ。
本当に親がすべきなのは、部分的に「有害」なコンテンツをこどもに開放し、親の監視や介入の下で、こどもが適切な距離感を学ぶのを補助することである。
問題点は、当の親本人には、自分の制限が過度であるという認識がないことである。親本人はこどものためを思って(と自分で思い込んで)、「有害」なコンテンツを制限しているのである。
先入観やこどもに押しつけているエゴを一度捨てて、こどもの保護と自立の2つの観点から、なにが本当にこどものためになって、なにがこどものためにならないか考えるべきではなかろうか。
ちなみに僕は親が健康のためにビーフジャーキーを一切食べさせてくれなかったので、大学入って一時期ビーフジャーキー厨になってしまった(値段的に買い続けられなくてやめた)。
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