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Watabera Miscellaneous Notes

人生やめてません

【SS】約束の王子様は新地に愛を探す①

 

「ミカちゃんは、僕のお姫様だ」ニキビだらけの巨大な尻をトランクスに収納しようとしながら、サトウがつぶやいた。

 

「ありがとう、サトウくん。嬉しい」

 

 作り上げた自然な笑顔を顔を浮かべながら、私はサトウを眺めた。

 

 サトウはまるで、普通の人間に紙粘土をつけて無理矢理分厚くしたようだった。サトウが少し動くだけで、巨体からだらんと垂れ下がった脂肪が揺れる。行為の前から終えた後まで、吹き出物の多い肌はずっと湿っている。頭髪は、あぶらでまとまったくせ毛のせいで若ハゲのように見えた。太い黒縁の眼鏡は、フレームがこめかみにめり込んでいる。外見のなかで横に長い一重だけが、私としては評価できた。けれど、好きな人に似ているのが逆に憎らしい。とにかくサトウは、町ゆく女性100人中100人が気持ち悪いと言うような外見だった。

 

 ここまで太ると、パンツに足を通すだけで体幹のバランスが取れなくなってしまうらしい。ゆうに100キロを越しているだろうサトウは、パンツを履くだけで前後にふらついている。今にも倒れそうだ。

 

 私が下着をつけ終わってから、ようやくサトウは一苦労してトランクスを履き終わった。サトウの額には汗が浮かんでいる。サトウ特有の饐えた臭いがした。行為中に私の鼻腔を満たすその臭いは、もはや私を無心にするためのお香と化していた。

 

 着替えが遅いのはいつものことだ。かと言ってこれ以上サトウと同じ部屋にいるのも嫌で、シャツとズボンを履かせてやった。サトウは気持ちよさそうに、されるがままになっている。この分だと別料金を取ってやってもいいかもしれない。

 

「ミカちゃん、ありがとうね」

 

 この甘えるような妙に高い声にも慣れた。最初サトウを2階に連れてあがったときは、その声の気持ち悪さに背筋がそばだった。今ではもう、そういう鳴き声のペットを飼っているような気分だ。

 

「はい、これ」

 

 ペコちゃんの顔が袋に印刷されたキャンディをサトウに渡した。これを舐めておけば、外を歩いても他の店に勧誘されない。一度店に入った客だと認識されるからだ。それがここの暗黙のルールだ。

 

 部屋を出て一階へ降りた。サトウの体重で、階段がぎりぎり歯噛みするような音をさせた。玄関の上がり框には、オバちゃんとナツが座っていた。ナツは、サトウを連れた私を見て、わざとらしく鼻を鳴らし、馬鹿にした笑みを浮かべた。オバちゃんが横で、またかと呆れている。

 

 ナツは、3か月前からこの店に入った。私よりは少ないが、売り上げも笑顔の上手さも確実に伸びている。そのナツが私に向けるギラついた目線が、どうにも面倒だった。ナツが私より上げるようになっても、別に私は自分の稼ぎがあればいい。なのに、ナツは勝手に私を敵視して1人で苛ついている。待機部屋でも反抗的な態度を崩そうとしない。正直、扱いに困る。シフトを分けてほしいが、女の子の少ないこの店ではそれも厳しいかと思って言わないでいた。

 

 汚デブのサトウと突っかかってくるナツが、最近の私の悩みの種だ。最短の15分とはいえお金を入れてくれるサトウのほうが、まだマシか。

 

  サトウが灰色のニューバランスを履いた。いつも通り。そして一度こちらを向いて、ぎこちなく私に手を振った。いつも通り。私もにっこり笑って手を振る。いつも通り。

 

「絶対また来るよ、ミカちゃん」

 

「うん、また来てね。サトウくん」

 

 付き合って初めてセックスしたあとのカップルのような挨拶。サトウがそれを望むから、私はそれを演出する。「くん付け」もサトウのほうからの願いだった。あの巨体を相手に性交渉することに比べたら、小さい苦行だ。

 

 この店は通りの角に近いところある。だが、サトウは帰るとき、必ずその角を曲がらない。なるべく私が見えるように角と反対側から帰る。そして、何度も立ち止まって私に手をふる。サトウが視界から消えるまで、私は反応し続けなければいけない。通りを歩く客がサトウに好奇の視線を寄せていた。周りの店の女の子とオバちゃんは、この光景にもう慣れたのか、素知らぬ顔をしている。ナツだけが、早く退けろとでも言いたげな顔をしていた。

 

 サトウが視界から名残惜しそうに消えた。私は玄関の奥、待機部屋へと向かう。

 

 サトウは私をお姫様だと言った。そう、私はお姫様だ。この森の奥で王子様が来るのを待っている。この艶やかな茨の森に落ちた私を救ってくれるのを待っている。でも、その王子様はサトウじゃない。ちゃんと実在する別の人物だ。

 

 私は待っている。王子様を待っている。汚く美しいこの街で待っている。

 

 

つぎまだ

 

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