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ワタベラ雑記帳

メンヘラ雑記。生きづらさ考察、創作、本、映画、音楽。

Watabera Miscellaneous Notes

さよなら、鈍い感受性

俺のメンタルvs女騎士のアナル

 

とにかくメンタルが弱い。日頃から、他人から嫌われるのではないかと怯えている。友達にLINEひとつ送るのにも、鬱陶しいと思われないか、逆に淡白な奴だと思われないかと心配になる。挙げ句の果てにはTwitterのリプライですら悪い印象を与えないかビビりながら送信ボタンを押している。こんなだから当然実習とかでちょっとでも怒られると必ず引きずる。

 

むしろ、怒られてもいないのに凹んでしまうことすらある。実習の症例発表にて、自覚としてあまり上手く行かなかったとき、先生が「今回の学生さんはみんな真面目だったね」と言われたことがある。素直に受け取ればよいのに、(1人以外は良かったとは言えないから全員って言ったんだな)と、思いこんで勝手にダメージを受けていた。こう書くとかなり病的に見える。

 

他にも、これは半分お笑いエピソードだが、下北沢に古着を買いに行ったときの話がある。まわりはみんなオシャレで自分だけダサくて浮いてるんじゃないか、客観的に見たら凄い恥ずかしい奴なんじゃないか、そういう思いが服を見ている間ずっと頭から離れなかった。結局、不安を堪え切れなくなり、一旦モスバーガーのトイレに逃げ込んだ。これを病院の外来で話したら、間違いなく現病歴のエピソードに加わるのではないだろうか。

 

なぜこんなにも怯えているのかを考えてみた。

 

一つは、昔から、自覚なしに調子に乗った結果後から叱られ注意される、を繰り返したからである。イベント毎に関するドレスコードなど、しばしば周りからすれば奇異な行動をして、注意された。やがて、自分の感覚が信用できなくなり、他人と関わるときにいつも自分の行為に対する警告が鳴るようになった。『分かっていないだけで、自分は今常識外れで恥ずかしい行為をしているのではないだろうか(そして怒られるのではないか)』という恐れが頭を離れなくなった。だから、常に怯えている(にも関わらず、今でも常識外れな行動を後から咎められることが多い)。

 

もう一つは、ネットや一部の創作物に関わりすぎたからである。ネット民は、あらゆる事態や人物に上から目線のコメントを残す。匿名の盾があるからだ。まとめサイトや某掲示板では、あらゆるものが馬鹿にされネタとして消費されている。高校ぐらいからまとめサイトを見ていた結果、あらゆるものへ辛辣な視線を持つようになってしまった。また、一部の創作物で、『キモい、恥ずかしい、常識がない人物』の表現を読者という一段階強い立場で沢山見てきた。たとえば、ウシジマくんの渋谷に出てきたダサい田舎者とか、ルポ中年童貞の風俗に行ってないから自分は綺麗だと職場の飲み会で吠える40代のおっさんとか。『こいつはダサいやつだ、こいつはキモいやつだ』と創作上のキャラクターを認識するのを繰り返した結果、自分がそれらのキャラクターと同じ要素を持ち合わせているときに『自分はダサいやつだ、キモいやつだ』と思い込む反射が出来てしまった。

 

具体的に自分の怯えについて考えてみたが、結局は「他人からの評価を異様に気にしている」ことに尽きるな、と気づいた。式典のドレスコードは守るべきだが、少々ダサいと思われたところで気にする必要は当然ないのだ。

 

疲れたので寝たい。どうしたら他人の評価を異様に気にするのを緩和できるかは別の日に考える。