slowly

Watabera Miscellaneous Notes

人生やめてません

Twitterは電子オナクラじゃない

 

⚠︎以下はショートショートでフィクションです。

 

 

スマホの画面をなぞるとタイムラインが沈み、少しの空白を置いて跳ねた。特に更新されるツイートはない。致し方なし。前回の更新は2秒前だったのだから。

 

「はぁ」と溜息をついてスマホをベッドに放った。半回転してケースのミッキーマウスと目がう。ディズニーランドに行った友人たちの土産だ。時間は、10時37分。30分強はスマホを眺めていたことになる。また時間を無駄にした。

 

そろそろ風呂に入らなくては。私は浴室に向かった。

 

私は大学入学直後にTwitterを始めた。私のフォロー欄には実名アカウントが並び、私はこれから青春を分かち合う彼・彼女らの日常が流れるのを楽しんでいた。

 

数ヶ月後、私は別のアカウントに篭っていた。フォロー欄にはアニメアイコンが並んでいる。大学生という肩書きは社交能力を上げる装備ではなかったのだ。インスタ色に光る彼・彼女らの日常から私は逃げ、同じにおいのする顔も知らない人間と馴れ合っていた。Twitterで男に絡まれ始めたのも、その頃である。

 

湯船をブラシで擦り、シャワーで流す。私の長い髪の毛が絡まり排水口へ滑り込んでいく。昨日まで私の一部だったそれが酷く汚いものに思える。ゴブッと鈍い音がして水が抜けた。排水口に栓をし、自動湯沸かし器のボタンを押す。エアコンの効いたリビングに戻ると、TwitterにDM(ダイレクトメッセージ)が来ていた。

 

動画が送られていた。アカウント名とフォロー欄を照らし合わせ、昨日フォローバックしたアカウントだと気づく。たしか「フォロバありがとう!よろしくマナちゃん!」などとリプライが来ていたはずだ。

 

肝心の動画。サムネイルがベッドのシーツらしき物だった時点で嫌な予感がしていたが、それは自慰行為ムービーだった。開始1秒、赤黒く充血した陰茎が画面下から登場し、堪え切れないとばかりに手で扱き始めた。野太い喘きがスピーカーから漏れる。ご丁寧なことに射精まで披露する始末だ。私は冷めた目で一部始終を眺めた。

 

そう、こんな事故はよくあることなのだ。

 

「Mana」という名前、ミニスカートと私の太もものアイコン。それが私だ。ネットに跋扈する羽虫のようなオスたちの大好物でもある。彼らは競って私のDMに群がる。「暇ですか」「何処に住んでる?」「いつが空いてる?」(ペニスの画像)「返事ないけど大丈夫?」 選り取りみどりでワンパターンな求愛行動の数々が届く。時折〈キミたちは現実の女にも同じ口説き方をするのかね?〉と彼らに問い詰めたくもなる。

 

それでも彼らをスクリーンショットで晒し首にし、タイムラインで有象無象の攻撃性の餌にしないのは、私がこの"姫カツ"を楽しんでいるからだ。誰かに手を伸ばされるのも、それを優位な立場から無下に扱うのも、悪い気分ではない。私がこのアリ地獄の主になってから1年が経ち、数多の求愛の嘶きを受けとった。つまりは、Twitterを電子オナクラと勘違いしたオタクたちが自慰動画を送ってくるなど日常茶飯事ということなのだ。

 

ふと、私は画面を見下ろした。

 

……あの陰茎、どこか見覚えがある。

 

先程の彼の陰茎は、特徴的な先窄み型でまるで鏃のようだった。その鏃を私はどこかで見たことがある。私は必死に記憶を洗い、そして思い出した。

 

谷丸友哉だ。

 

間違いない。私は確信した。あの陰茎は部活の同級生、谷丸友哉のものだ。

 

流石の私でも同期の自慰動画は堪える。しかも、谷丸は友人でもある。そんな情け無い姿は見たくないし、ネットの女に腰を振るなんて奇行はやめろと言ってやりたい。

 

しかし、そう簡単ではない。谷丸の痛ましすぎる青春の発露を方向性から正してやりたい気持ちはある。ただ私とてこんなアカウントが部活の同級生にバレるのは嬉しくない。

 

ところで谷丸はどれだけ馬鹿なのだろうか。谷丸が陰茎を送りつけたManaちゃんのアイコンのミニスカート。アレは、学祭のコスプレで私が履いてたやつだ。何より大喜びでその写真を撮って部活のLINEアルバムにアップしたのは他でもない、谷丸だ。

 

ここまでくると本当は谷丸が、Mana=私だと気づいているのではと疑いたくなるが、それはない。あの陰茎は間違いなく谷丸の本人のものだからだ。合宿中の飲み会で彼が暴れて全裸になりマネージャー部屋へ侵入しようと試みたときに、彼の股で揺れていたアレに間違いない。

 

私は、神に精巣と脳のサイズを間違えられた哀れな友人のことを思った。そして、アイコンを当たり障りない猫の画像に変え、彼にDMで「T丸先輩、こういうことはやめたほうがいいですよ」と送り、そっとブロックした。後輩マネージャーたちの顔が思い浮かんだが、一言謝ってすぐにかき消した。今ごろ谷丸は後輩に自慰動画を送ったと思い込み、自分の人権の行方に震えているに違いない。いや彼のことだから興奮に嘶いている可能性すらある。

 

『お風呂が、沸きました』

 

自動湯沸かし器が軽やかなメロディを流す。私はスマホをベッドに放り、深く溜息をついて脱衣所に向かった。

 

私もそろそろネカマのやめ時なのかもしれない。